【2時間目  自分の道を選ぶということは】

「チェシャ・ネコさん・・・
ここからどの道をゆけばよいのか、教えてはいただけません?」
「そりゃ、まったくあんたのゆきたい方角次第だよ」とネコは言いました。
「わたし、とくべつどこへと言うことも——-」とアリスは申しました。
「それじゃあ、あんたがどの道をゆこうと、かまわんじゃないか」とネコは申しました。
「—– どこかに出られるものなら」とアリスは説明をつけ足しました。
「なあに、どこかに出られるにきまっているさ」とネコは言いました。「たっぷり歩きさえすればね!」
(「不思議の国のアリス」ルイス・キャロル、生野幸吉訳)

「アヤネさん、転職活動の方はいかがですか?」
「実は、ここのところ全然進んでないんです・・・。
 気持ちは焦るんですけど、でも何をどうしたらいいのかわからなくって。」

雨がさらさら降る夜、わたしは先生のドーナツ屋に再びふらり足を運んでいた。

「なんと言うか、自分が本当に転職したいのか、それすら漠然としている気がしてきたんです。
それに、仮に他の会社に転職したとしても、結局はこれまでと同じことを繰り返すだけじゃないか、
そんな風にも思えて・・・。」
「では、転職はしない、という選択肢も考えている?」
「いや、それは・・・」
わたしは思わず口ごもった。

今の延長線は、違う

「わたし、今の会社に働き続けることも含め、今の延長線上の生活をこれからもずっと続けていくって考えたとき、なんだかとても息苦しく感じてしまうんです。
何か、先が見えちゃう気がして

「だから息が詰まる。」
「そう、ですね、はい。
今の仕事に、大きな不満や問題があるわけではないんです。もちろん、ちょっとした日々のストレスはありますけど、耐えられないほどでもないし。

こんなのぜいたくな悩みですよね。
せっかく入った会社で、一応ここまで続けてきて、それを今更何もかも手放すっていうのは。周りにも迷惑かかっちゃうし。それは、わかってるんです。」
「でもアヤネさんは、何か行き詰まりを感じている、のですよね?」

「わたし、今の延長線上の未来が、どうしても描けないんです・・・。
じゃあ、それに変わる未来は何だよ、って考えても・・・。
このまま同じ毎日の繰り返しの中で、ただ年だけ取ってしまうのかって思うと焦るっていうか・・・。
このままは違う、このままじゃダメだって、そんな気持ちと、
じゃあこれからどうしたいの、っていう疑問が頭の中でグチャグチャになってる感じで。

どうしたらいいと思います、先生?」

無数に広がる「別の」未来

「もしかするとわたし、本当は転職したいわけじゃなく、
ただ単に『今』を変えたいだけなのかも・・・。」
「あるいは、今の延長線上ではない別の未来の可能性に向かっていきたい、
という言い方もできるかもしれませんね。」
「そう、なのかな。いろいろなことを考えちゃうんです。
でも考えるほど頭が混乱しちゃって、自分が本当はどうしたいのかがわからなくなるんです。」
「こういうときは、いっそ頭で考えないほうがいいかもしれませんよ。
堂々巡りしているときはね、あれこれ考えているようで、
思考はてんで働いてない、ということが結構あるものです。

もしかすると今のアヤネさんの中には、たくさんの未来の可能性が無限に広がっていて、
1つ1つのイメージの糸が互いに複雑に絡まり合ってしまっているのかもしれませんね。」

「確かにそういう感覚もありますけど、何か目の前にたくさんの道が四方八方に広がっていて、
どこに進んでいいか、どの道を選ぶかわからず立ち往生しているような、
そんな感覚に囚われるんです・・・。」
「どの道を進めば自分がしあわせになるのか、どの道が自分をしあわせにしてくれるのだろうか、
でしょうか?」

「そう、なのかな。
どの道を進めば、自分はしあわせになるんだろう、自分にとってベストの道は何かって、
そう考えるとどれを選んでいいか全然わかんなくて。固まっちゃうんです。」

わたしの言葉の一つ一つに、先生は軽く頷き耳を傾けていた。

自由だからこその不安

アヤネさんはね、自由なんですよ。
おもむろに先生が口を開いた。

「行こうと思えばあなたはどこにでも行ける。
同時にどこにも行かないことを選ぶこともできる。自由なんです。
自分が自由だと気づいたとき、わたしたちは不安になる。
19世紀のデンマークの哲学者、キルケゴールは言っています『不安は自由の目眩だ』と。」
「キルケゴールって、高校の倫理の授業に出てきましたよね!確か。
でも、そうですね。実際、何でも自由にしていいよって言われると逆に困るかも。
自分のやることに全部責任とらなきゃいけない気がするし。」

「自由はね、責任が伴うんですよ。
自分の意志で何かを選択することで、自分だけではなく、
他の誰かもその選択に巻き込んでしまうわけですから。そう考えると、
その責任も負わなくていはいけない、とも言えますよね。」
「なんだか、自由ってしんどいですね。
でも実際のところ、そうかもですね。。
転職するにしても、選ぶのわたしの自由、っていったところで、
結局は周りの人を巻き込んじゃうわけだし。」
「わたしたちは、ある意味、自由であって完全に自由、とは確信できないかもしれません。
アヤネさんもわたしも。今の自分たちが置かれている状況に否が応でも
囚われています。物理的にも心理的にも。」

選ぶことの自由

「それでもね、やはり自由なんですよ、アヤネさんもわたしも。
自ら行く道を自由に選ぶことができるんです。

「あーあ、なんかしんどいな。こっちの道行けば絶対間違いないって、
最初からわかってれば楽なのに。」
「そうですね。けれど、それではあまり、面白くないでしょう。」
「そうですか?うだうだ悩んで時間を無駄にするよりいい気もしますが。」

「あらかじめ成功がわかっている道に進んでも、そこには自ら発見し、創り上げてゆく喜びは、
おそらくないでしょう。
こころからの充実感、しあわせというものは、自分の頭と身体で、手探りしながら見いだし、
創り上げてゆくものではないでしょうか。

それにね、ある心理学者も言っていますが、
人間は自分のことは自分で決めたいと思うものですよ、本来的にはね。」
「そんな、もんでしょうか・・。」

「そんなもんかもですよ。
さて、アヤネさん、ここらでひとつドーナツ食べませんか?」

そういうと先生は奥に姿を消し、ほどなくお皿いっぱいのドーナツを持って現れた。

「どれがいいですか、アヤネさん。
こっちがアップルシナモンで、こっちがマロン、こちらが抹茶でこちらはレモンクリーム。」
「え、どうしよう。どれもおいしそう。うわ、すごい迷いますね!」
「全部食べてもいいですよ。」
「でもそれじゃいくらなんでも、カロリー高すぎですよ。
えー、どうしよう。マロンって期間限定ですよね。
でもアップルシナモンって響きも気になるし、あー、でもレモンとか抹茶のほうがヘルシーかな。
太るの気にしなかったら全部たべちゃうんだけど・・・。」

「どれ一つ食べない、ということもできますよ。それに今食べずに持って帰ってもいいですし。
何でもいいんですよ。どれか1つを選んでも、2つ選んでも、全部を選んでも、何も選ばなくても。
すべてアヤネさんの自由です。

誰かを傷つけることさえなければ、アヤネさんは何を選んだっていいんです。
こういうときは、あれこれ頭の中で計算するより、直感に従うほうがシンプルですよ。」

「それとね、これはさっき言ったことと矛盾するかもしれませんが、
選ぶことそれ自体は、ここではそんなに大切なことではないんですよ、実はね。」

そう言って先生は静かに微笑んだ。

・・・・本日のドーナツ・・・・
ドーナツ、4種盛り合わせ

・ アップルシナモン
・ マロン
・ 抹茶
・ レモンクリーム
・ 全部食べる
・ 全部食べない
・ それ以外のいろいろ

どれを選んでも、選ばなくても、ご自由に。

ABOUTこの記事をかいた人

吾郷智子 京都の高校で、社会科を教えていたものの、「わたしは世の中について何も知らない」と、教職を離れ人生の武者修行に。 ニューヨークに渡り、帰国後は複数の企業での勤務。あれこれ仕事を渡り歩き人生を模索していく中、ポジティブ心理学に出会い渡英。 イーストロンドン大学大学院にて応用ポジティブ心理学を学ぶ。 現在もポジティブ心理学を軸に「どうすれば、自分の心に正直に自由に充実して生きられるか?」を、こりもせず研究、模索している。 「どうすれば自由に充実して生きられるか?」と青い問いを抱えつつ、人事系を中心に複数の一般企業で勤務してみたり、起業したてベンチャー企業のお手伝いをちょこっとしてみたり、と現在は、ポジティブ心理学を引き続き研究しつつ、自分の青臭い問いの答えを文章表現などを通じて発信中。