「授業」を始める前に

ごあいさつ

はじめまして。吾郷智子と言います。
ここに立ち寄ってくださり、ありがとうございます。

「どうすればもっと自分に正直に、自信を持ち、
 心から自由で充実した人生を送れるだろう?」

何年もの間、わたしのこころの中心にこの問いがありました。

この問いは常にさまざまな姿でわたしを揺さぶり、これまでの自分を形作ってきました。

簡単に言ってしまうと、このブログはこの問いに答えていく試みとして始めました。

と、いいつつ、ブログという形でこんな試みを始めようと思った直接のきっかけは、

実は別のところにあります。

それはずばり「かつての教え子が30代に突入したこと。」

更に言えば、その教え子たちというは、わたしが教職を辞した時の、

いわばわたしの最後の生徒たちです。

これはわたしにとって、(いい意味で)衝撃的なことでした。

「そうか、君ももう30なのか・・・。」

そう考えると、どこか崇高さすら感じさせる感慨すらほんのり胸の内に漂ってきます。

30歳頃のわたし

30歳。世間的にはすでに逃げも隠れもできない、立派な「おとな」な年齢です。
けれど、自分が30だったときを振り返ると、その頃のわたしは自分のことを「おとな」だと、
全く思うことができませんでした。

あの頃、わたしは自分の進むべき道について、大いに悩んでいました。

「このまま教師を続けるか、それとも新しい可能性を求めるか。」

今考えると、これまで生きてきた中で、あの時ほど思い悩んだ時は他にありません。

その頃のわたしは、京都市内の高校で、社会科、主に「倫理」や「現代社会」
といった教科を教えていました。
大学を卒業し、受験勉強の延長のように採用試験を受け、人生経験はもちろん、
担当する教科についての知識も教える技術も何もかも未熟。
しかも生来から筋金入りで内気な性格。
授業に行く前は毎回、緊張で身体中がこわばっていたものです。

それでも、すばらしい同僚の先生方や生徒たちに恵まれ、京都という芳醇な土地に育まれながら、
多くの学びに満ちた豊かで充実した日々を過ごしていました。

教師という、生徒一人一人の成長に向き合い、共に学べる心からやりがいのある仕事。
けれど、ある時わたしはそんな大切な仕事を手放してしまいます。
決して仕事が嫌だったわけではありません。むしろその逆です。

教師の仕事を辞めるということは、当時のわたしにとっては、
それまで自分が大切にしていたものすべて、言い換えればこれまで培ってきた自分自身を
まるごと手放すことに等しいものでした。

「じゃ、何でやめたの?」
そう聞かれると、今でも困ってしまいます。

表向きの理由は比較的容易に思いつきます。
けれど、その根源的な理由はなかなか言葉にはできないものがあります。

「教師」をやめて

学校の世界を飛び出したわたしは、様々な世界をオロオロと漂ってきました。

あのまま教師を続けていれば、経験しなくて済んであろう世の中の苦さや
一見無駄に見える回り道を何度も繰り返す中、冒頭の問いが、何度も自分に問いかけてきました。

自分はなぜここまでしんどい思いまでして外に飛び出してみたかったのか、
自分が人生で本当に望んでいることは何か・・。
不器用に模索しつづける中、今、ほんの少しですが、その輪郭が見えてきたように思います。

そんな時に聞こえてきた昔の教え子たちの消息。

結婚して子育てに奮闘している教え子や仕事の第一線でバリバリと活躍している子、
自分の夢に向かって着実に歩を進めている教え子もいれば、表向きには元気そうでも、
人生という大波の前で立ち往生し、もがいている子もいるかもしれません。
そう考えたとき、ふと次のことが頭に浮かびました。

「もし今、自分の目の前に、あのころの自分のように、これから進むべき道に迷い、
悩みや苦しみを抱えている教え子がいたとしたら・・・。」

今ここで思うこと

わたしは人としてもまだまだ未熟で、心理学の研究をしているといっても、
ほんの駆け出しにすぎません。
「人生とは・・。」と、自信をもって語れるべきものがあるわけではありません。

それでも、わたしがこれまで抱えてきた悩みや憂い、あるいは学んできたことが、
ひょっとすると他のだれかの役に立つこともあるかもしれない・・・。

教え子たちのことを考えたとき、そんな思いが頭をかすめました。

今のこの瞬間、立ち往生しているかもしれない元「教え子」たち、
そして道に迷っているかもしれない人たちに、このブログが少しでも役立つのであれば、
その思いでここで書き綴っていけたら、そう考えています。

吾郷智子